明かり、光、影が空間に与える力はとても大きいと思います。夜の街の風景は光りの具合がその街の印象を決めるといってもいいほどだし、インテリアにおいても、例えば、床壁天井のシンプルな構成の空間の中で、照明と光、影が作りだす情景が幾通りの表情を作り出します。もし、暗く寂しい空間にさまよいこんでしまったとしても、そこに灯るあたたかな光の存在だけで、人は勇気づけられることもあるでしょう。
当事務所では、建築空間において、シンプルなデザインになればなるほど、照明計画に配慮して、より豊かな時間を人々に提供できるように、光が空間に浮かび上がる情景を想像しながら照明計画をしていくよう努めています。
手法の一つにすぎませんが、安らぎが主目的の寝室の照明は、私は基本的には居室の周囲に天井照明をプロットし、ベッド面の高さにもよりますが、天井高さもあまり高くしないように心がけています。ベッドの直上に照明器具を配置してしまうと、どうしても活動的な居室の印象を残してしまいます。居室の周囲にダウンライトを配置したり、間接照明、ベッドランプを取り入れると、寝室として落ち着きのある使い勝手の良い空間となると思います。明かりの色味は照明器具の色温度で表せるのですが、寝室でしたら、オレンジ味のつよい2700K(ケルビン)がおすすめです。高揚感を落ち着かせ、眠りにつく前の気持ちを安らかにしてくれます。
照明器具の色温度という言葉がでましたが、色温度もまた空間の印象を決定づける大切な要素であり、その空間で行う作業性にも大きく影響を与えるものです。空間ごとに分けて、多種の色温度を使うと、建物全体としてまとまりがありませんし、作業性を重視して色温度の高いものばかりを選定すると、白い色に近づきますので、人工的な空間の印象となります。落ち着きのある雰囲気を重視すると、色温度が低い方が演色性が劣り、ものの見え方が鮮明でなくなったり影が強くできるように感じたりしますので、適材適所が大切です。
住宅であれば、光源の種類により呼び方は変わるのですが、電球色とか温白色と呼ばれる3000Kをメインにすると、全体としてまとめやすく、局所的に違う色温度を使用してもちぐはぐな感じになりずらいと考えています。最近は、一つの照明器具で、調光のみならず、気分や作業性に合わせて色温度もコントロールできるものが増えました。我が家のリビングもそういったタイプのものを使用しており、私は個人的に電球色が好きなので普段はそちらの設定ですが、子供たちが勉強したり本を読んだりするときは3500Kくらいの白っぽい光に切り替えています。
照明の面白さをお伝えできる余談的一つのエピソードですが、私が光井純先生の事務所でインテリアデザインを統括していたときに経験させていただいた、ある著名な照明デザイナーと協働したときの話です。そのプロジェクトは大型タワーマンションの共用インテリア空間で、クライアントが望んでいたのは、<屋内ではあるが、住民が庭のようにアクティブに過ごしたり、くつろいだり、自然を感じることができるインテリア(いや、むしろきれいなインテリアなんか不要だから)>でした。天井高さ9mほどもある大空間の中に1階と2階のラウンジ空間を曲線的な大階段で結んだダイナミックなインテリアとなりましたが、クライアントのご満足をいただけるまでにかなり苦労したプロジェクトでした。そんなこんなでようやくインテリアがまとまってきて、照明デザイナーをお呼びしてインテリア模型を机に広げて初めての打ち合わせの席で、その照明デザイナーは、こちらのコンセプトの説明を待つまでもなく、インテリア模型をみて「うん、これは外だね。天井は高いけど、天井面には一切照明をつけずに頑張ろう。夜は月明かりだけが感じられように」とおっしゃいました。私は、その照明デザイナーの感性の鋭さに驚いたのと、自分がクライアントとようやくたどりついた形が初めて見る人にも伝わっているという喜びを感じました。その照明デザイナーは9mの高天井に(建築基準法上どうしても設置が避けられない非常用照明などをのぞき)照明をひとつも設置せず、足元から壁面を照らすグラウンドライトや、室内では通常使用しないボラード(腰高程度の庭園灯)、内外部境界近く、ペリーメーターゾーンにそびえ立つ柱壁面に設置したブラケットライトなどを駆使しました。夜には、曲面で折上げた天井の形が、床近くの照明の光をかすかに拾い、ぼんやりと影をなして、幻想的でまるで月明かりをひろって影をつくっている大庭園のような空間を作り出し、見事に成功した屋内庭園空間ができたと思います。このプロジェクトを、照度のみを重視して天井面に照明器具を設置していたら、ここまでの空間としての成功はなかったと思いますし、デザイナーの考えを尊重し理解してくれたクライアントにも敬意を感じました。
最後は省エネの観点からの照明についてです。建築もエネルギーを低く抑えて地球環境に貢献していかなくてはいけない時代です。建築のライフサイクルコストはもちろん、照明などの設備も高寿命省エネタイプのものを吟味していかなくてはいけません。その明かりが本当に必要なのか、丁寧に設計していきたいと思います。
2011年3月11日の東日本大震災の時、東日本はほとんどの地域で夜は真っ暗闇の日々が続きました。そのほかの地域でも、電力をなるべく使わず、各家庭はもちろん様々な施設で、それまでの半分程度の器具だけを使うようにするなどして、限られたエネルギーの節約に努めた日を、つい先日のことのように覚えています。大震災の数週間後、どうしても必要な出張で中国に行きました。その時のクライアントは香港に拠点のある会社様で、その幹部の方々と夕食を共にさせていただいたことがありました。そのうちのおひとりが、以前に東京を訪れたとき、東京は夜なのにまるで昼のように明るかった、今は震災でとてもつらい経験をされていて、照明の使い方もこれまでと大きく変わらざるを得なくなるのであろうが、もしかすると、照明に対する考え方は地球にとって良い方向へいく転換期となるのかもしれない、とおっしゃっていて、私の心に痛烈にささった言葉でした。夜なのに昼のように感じるまでに照明をこうこうと照らすというのは、まったく自然に反する経済至上主義がエスカレートした結果だと思います。少しの明かりが真っ暗闇だった夜を照らし、人々の生活に明かりがともり希望がともり・・・それだけで本当は十分だったはずなのに、人間は欲張りな存在です。しかし、20年ほど前から建築物にも省エネルギー計画書の届け出が義務づけられ、ここ数年で、大規模な建築物は、省エネルギー基準を満たさなくては建てられなくなり、2021年4月からはいよいよその規模は300㎡以上の中小規模建物に拡大されました。建築主、設計者、施工者、建材、建築設備メーカー、皆省エネ問題を避けることはできません。照明技術も日進月歩ですので、日々勉強ですが、省エネの観点でも最適解をクライアントに提供できるように精進したいとおもいます。
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