お母さんという職業

最近、政府主導で女性活用をうたう声をつよく感じるようになりました。『保育園おちた、日本死ね』がきっかけで、保育園増設、保育士さん確保の動きが目立ってきたように思えますが、少子化を懸念した対策はもっと以前から議論されていたことなのではないでしょうか。施設の充実や、各職場の福利厚生を充実させるなどのハードの側面から女性の活躍を支えることはもちろん大切だし、ありがたいことです。私も、保育士さん方に支えていただきながら、はたまた、地域の児童館などを活用させていただきながら、など、家庭の外の助けをかりて何とか必死に毎日育児をしていて過ごしています。でも、こどもをもってみて身に染みて感じること、それは『母親』という立場が、日本の社会で非常に軽視されていること、それなのに、子育てに関する責任は母親に多く課せられている価値観が根強くあることです。そしてこれが、ハードな側面より実は根が深い、女性がこどもを育てることを躊躇してしまう原因であるのではないでしょうか。かくいう私も、子育てが今感じているように、意義があり、人生を充実させ、幸せを感じることができ、そして母親という存在が家庭や子供たちにとって大きなものであることを、理解していなかったように思います。でも今は、二人の母親でいることにこれ以上ない誇りを感じますし(子供を産む前に成し遂げた大きなプロジェクトの担当者であったということよりも!)そして、これまで人類の営みとして引き継がれてきたお母さんたちのがんばりや苦楽に、本当に脱帽の気持ちです。街中や電車の中でこども連れで困っているときに、声をかけてくれて子供を一緒にあやしてくれたりしたご年配の女性先輩方!彼女たちも必死に子育てしてきて、今は、まあいろいろあるでしょうが、人生を達観して過ごせるようになったのだなぁ(おそらく)、わたしもあなた方の背中についていきます!!・・・そう心の中で感謝しておりました。

夫がどんなに協力的でも、それでも母親は孤独だと思います。産む時だって、立ち会ってくれたところで痛みや恐怖から逃げることはできないのはお母さん、産まれたあとだって、新生児の時なんて2、3時間ごとに授乳、いや、そんな具体のお世話は誰かが代わってしてくれたとしても、病気にかからないか、安全な育児環境か、予防接種のスケジュールは?ああ、そろそろはいはいして動き回れそう(これ、おじいちゃんやだんなさんは嬉しいことだけだと思っているでしょうが、動き回れるようになると危険もふえるので、ため息もでることなんですよね・・・)、あら、ママ友の子は英語なんて聞かせてるらしい(うちはどうしよう)・・・・など。これ、おそらく子供がまあ、社会人になるころまでは多かれ少なかれ続きますよね・・・。。

もう子供のことで頭の80%くらいが占めらていて、精神的にもお母さんという職業から逃げることはできないのです。余談ですが、私の場合は、どうせそうならばもう家庭のことも育児のことも生かしながら仕事をしたい、ONとOFFを切り替えるのが元々上手ではないので、いっそのこと育児によって生まれた迷いや知識などすべてを仕事にとりいれたいと、会社員をやめてフリーランスでデザインしていくことを決めました。

お母さんって、自分が仮にインフルエンザにかかっていようが、横になって休むことはなかなか難しいんですよね。子供がそれを許してくれませんし、お母さんがご飯作らなきゃ(もしくは買いにいかなければ)子供たちはおなかをすかせます。子供たちの下着や靴がちいさくきつくなってしまったりしても、こまやかなことに気づくのはお父さんよりお母さんの方が多い家庭がほとんどだと思います。お母さん、替わりのいない大切な存在です。会社や組織だったら・・・後輩にひとこと「これやっといてね」で済むかもしれない、体調が悪ければ仕事を調節できれば休めるでしょう。でもお母さんは世界に一人だけです。この尊さと大変さは、まさに報酬がないプライスレスな価値ある職業なのだと思います。これまでの多くのお母さんたちが努力して必死にお母さん業をしてきた結果、日本社会はそれをありがたいものとしてではなく、当たり前のものをしてとらえるようになってしまったのではないのかな、と思います。

現在アメリカに住んで小6の一男を育てている学生時代の友人が年に一度帰国するたびに集まるのですが、小さな甥っ子をつれての外出の際に感じたらしく、「日本ってこどもつれて出歩くのが大変だね~。もう街やお店の雰囲気からしてWelcomeされていないと感じるよ。なんだか肩身が狭かった。アメリカでは、大変ではあっても周囲の目はあたたかい」と話してくれました。

まさにそこなんだと思います。私はもう世の中の人はすべて敵!くらいに覚悟して子供たちと外出します。困ったことがあってもなるべく自分で対処できるよう、ぐずり対策グッズはもって出かけますし、バギーででかけても抱っこもできるよう抱っこ紐はかかせません。バスや電車で子供の足がおとなりにぶつからないよう細心の注意をもって立ち、すこしでも触れようものならすみませんを連発します。笑 いや、でもそうなんです。肩身がなんだか狭いんです。でもこれで無事に外出ができれば、極端にいうと、たまにいらっしゃるこども嫌いの方からの冷たい一言を浴びずに済むのであれば・・・。

それでもやはりたまに優しくあたたかく声をかけてくださる方もいらっしゃり、子育てが一人ではないと実感することがあります。諸先輩方に見守られている、という感じです。

そんな自然なふれあいが増えてひとりひとりの価値観が、徐々にではありますが、「子育てって大変だけど楽しい」という方向にすすむことと、様々なハード面の充実が上手にパラレルに働いていくと、少子化という側面からだけでなく、働き方を含めた日本全体のライフスタイルが劇的に変化するのでは?などど、漠っと感じております。


女性の働き方についても。男性の育児休暇取得義務化、なども最近耳にしたりしますが、私の考えは・・・お母さんという存在が見直されること前提で、こんな有意義な時間を男性に奪われるのも悔しいな、という気もします。夫婦間で納得できる形を困難少なくとれる制度になれば一番いいのでしょうね。働く女性にとっては、育児休暇がキャリアの妨げになることが一番こわいことなのです。これまで晩婚などといわれながらも遮二無二がんばって得たキャリアであったりポジションであったりが、育児休暇から戻ったら時短という壁に阻まれ、保育園を必死に探してもどってきたけど誰も待ってはいませんでした・・・なんてことが怖いのです。本当は、子供が1歳2歳になるまでかわいいわが子と一緒にいたかったけど0歳でいれないと保育園はいれない!・・・一緒に過ごしたい気持ちに蓋をして戻ったけれど、以前と違う部署になってた、とか、やたらお手伝い扱いされるとか、そんなモヤモヤと闘いながら、ワーキングマザーは複雑な気持ちで育児休暇を過ごしたり復職したりしています。待機児童問題が解決の方向になれば、女性たちはそれぞれの事情にあわせて好きなタイミングで職場復帰しやすくなりますし、また職場側もそれぞれのワーキングマザーの希望や状況をかなえる体制が整えば、女性は子供をもつことを今よりためらわないのではないでしょうか。


少しずつかもしれませんが、働きながらこどもを自然に育てることができる社会へ向かっていることは嬉しいです。でも、働いて、産んで、育てて、家事をして・・・女性ばかりに負担がいかないよう、女性が我慢を強いられることがないよう、うまく作用していきますよう、私たちにできることは、まずは夫婦間の相互理解からでしょうか。

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